掛蒲団 平成5年7月 大野原町ぬい屋 菅原逞多縫師
前から見て左 前から見て右
(写真提供:M氏)
上から見たらこういう具合に取り付けとるわけやな
(真ん中の絵は白天幕と締めの井桁に組んだ帯)
             エピソード

掛蒲団の発注は平成3年のことであった。この年のお祭の時に、お年寄りたちから口々に「中古の掛蒲団ではふが悪い、早よ綺麗にしな」という声があがった。そこで、中老連と若衆たちで何回か寄り合いをしたが、何せ誰も何の知識も無かった。

まず、中古を購入した金若が数年前に新調していたので、その縫師を紹介してもらうことにした。大野原のぬい屋菅原縫師であった。
大勢で何回か押しかけ、打ち合わせを重ねながら発注に至ったのであるが、その時のうちからの注文が
◎肉盛りをあまりせずになるべく薄くする。
◎顔をやたら大きくせず、胴体とのバランスを崩さない。
◎赤地がなるべく見えるようにする。
◎金糸ばかりにしないで色糸を使う。
◎蒲団は薄く座布団のような形にする

というものであった。


その頃は県内外でも新調ブームで、西讃の我々の注文とは全く逆の掛蒲団を見る機会も多かったのだが、それらに目もくれずに、無知であったために結果的に昔からのスタイルを踏襲したことは、今思えば幸運な出来事だったと思う。それらから影響を受けていたら、全く違ったちょうさになっていたのではなかろうか。
もともと琴平においては、なぜか昔のスタイルが最高に綺麗だと思っている人が多いのではあるけれど。
*Bパターンの付け方にしといたで(一部の人にしか分からんけど)
こっちが前
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